Special needs な人たち

この二週間でspecial needsな人と2人に偶然出くわした。

1人目は、朝通勤ラッシュの駅で、1,000円札を手に握った中年の女性が何か喋りながらフラフラしていた。彼女がいたのは地下鉄の切符売り場の前。JRの切符の売り場はどこか教えていただけませんかと叫んでいた。通り過ぎる通勤者たちは忙しいので聞かぬふりで改札口まで流れて行く。私も彼女が言っている事を理解する頃には改札口まで到着していた。人に何かを聞かれると、答えないといられないタチなので、切符売り場まで戻り、向こうの方に駅員さんがいるので、向こうまで行って聞いてみて、とだけ言って改札口まで急いで戻った。彼女はありがとうございますと、お礼を言った。最近お礼が言えない人が増えている。すごくいい気分で最終出勤日を迎えることができた。

アメリカではspecial needsの人たちは基本的に助けを求めません。求めるときは専門家のみで一般人には求めない気がする。自らお手伝いしましょうかといっても大抵断られる。自立している。でも、日本人みたいに甘え上手でもいいと思う。

先日とあるバスに座ったら、隣に盲目の女性が座っていた。携帯でメールをして、プッシュ音の音で入力した文字を確認しているようだった。

すごいなと思った。この女性は、一般の人よりたくさんの音が聞こえて、聞き分けて暮らしているんだなと思って、本当にすごいなと思った。

断られるだろうと思ったが一応聞いてみた。お手伝いしましょうか?

ぜひお願いします。

おお?と思った。喜んで、と答えた。

バスの階段を降りるのを手伝い、どこに行きますかと聞いたら、お友達とレストランで待ち合わせしているのでそこまで連れて行ってください、と言いながら私の腕をがしっとつかんだ。

レストランに入るまでは、彼女は白杖を1度たりとも地面につけなかった。

レストランに入店すると彼女は、お手洗に連れてってくださいと言った。お友達はお店の中で私たちの存在に気がついたが、ついでなので私も一緒にお手洗いに行くことにした。

後に無事にお友達と会うことができた。

本当にありがとうございました。何をされているんですか?と聞かれた。

その鋭い耳で聞かれたら困っちゃうなぁと思いながら、ミュージシャンですと一言答えた。

Advertisements

Sesame Street “What I Am”

本当に暇さえあれば、電車の中でも、セサミストリートを見ているわたし。

“What I Am”は、最初聞いた時、リズムがトリッキーなのか、何が起こっているのか、
ジャズの知識の中では全く判断できなかったけど、(答えはコード進行でした。)
このWill.i.am の無表情(黒人はこんな感じの人多かったななんて思いながら)と
みんなの可愛さ(動きが一人一人個性があって本当にかわいい!)に何度も見てしまう。

あまりの可愛さに姉に見せると、エルモたちと一緒に楽しく踊ってくれる姉が横にいた。
翌日、首が鞭打ちになってまで、楽しい姉だ。私は幸せものだ。

Sesame Street: Will.i.am Sings “What I Am”

もともとは2012年に作られたもの。
Sesame Street: What We Are Anthem

ポップスの力はすごいな〜と思う。
そして、この黒人特有のlaid-backのフィールは脱帽です。

この曲のアナライスは次回。

職業病

ああ、職業病だ・・と思う瞬間は日々の中であります。
いくつかまとめたのでご案内いたします。

① Things to do を書き留めると(今日やることリスト)
  ー洗濯
  ー掃除
  ー郵便曲

② 友達と別れ際に
  「じゃあまたラインで練習するね〜」

③ 旅行計画のラインで
  友「旅行どれくらいの期間いく〜?」
  私「う〜ん、4拍くらいがいいね〜」

④ 何気ない会話で
  「ねえ、⭕️⭕️って映画見た?」
  「へ〜、知らないです。どんな曲ですか?」

脳みそを使わないで口先、手先だけではなしているつもりはないんだけど。
完全にサウンドだけで生きているな、私、とつくづく感じる毎日です。。。