July schedule

7月1日(水)表参道ジャズバード

Wednesday, July 1st 2015
Jazz Bird, Omotesando Tokyo
w/Roy Kazue Band
Music Fee 1500Yen
http://www2.ttcn.ne.jp/jazzbird/

7月21日(火)ヒルトン東京 St. George’s Bar
Tuesday July 21st, 2015
Hilton Tokyo, St. George’s Bar
Start at 7:45pm, Music charge 1400 yen
http://www.hiltontokyo.jp/plans/restaurants/st_georges_bar/172

7月31日(金)ヒルトン東京 St. George’s Bar
Friday July 31st, 2015
Hilton Tokyo, St. George’s Bar
Start at 7:45pm, Music charge 1400 yen
http://www.hiltontokyo.jp/plans/restaurants/st_georges_bar/172

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前髪から

前職の仲良かった女性に
「ねーねー、私前髪切ったらどうかな?似合う?」
と聞いた。
もちろん彼女は、
「伊藤さんならなんでも似合うよ!」
なんと優しい方だろう。
「ちょっとエキゾチックな感じになるだろうけど、素敵だと思うよ!」
はあ、なんて素晴らしい人なんだろう。

私たちがよく耳にするエキゾチックなスケールは、
アラビックスケールと言われていて、音楽用語だと「Double harmonic scale」とよびます。
C – D♭ – E – F – G – A♭ – B – C
英語読みだと、do di mi fa so si ti do
となります。
歌ってみてください。
かなりアラビアンな感じになりますね。
もちろん、ジプシーやビザンチン音楽にも使用。
(ほほー、はい、ウィキしました。笑)

7thの音を全音にすると
C – D♭ – E – F – G – A♭ – B♭ – C
こちらもアラビックな感じですが、エジプト音楽にもよく使われます。
フラメンコやインド、中東、西欧で使われています。
こちらの方がよく使われているような気がします。
「Phrygian dominant scale」と呼びます。

ちなみに普通の「Phrygian」はさらにEにbがつきます。
C – D♭ – E♭ – F – G – A♭ – B♭ – C

似たような「Spanish Scale」と呼ばれるのは
C – D♭ -E♭- E – F – G – A♭ – B♭ – C
(E♭がない説もありますが、なければPhrygian dominant scale)

みなさんぜひ主要なメジャーやマイナースケールだけにとらわれず
楽しくスケールを口ずさんでみてください。

どれが一番好きですか?
私は「Phrygian dominant scale」です。

アラブに嫁にいったベストフレンドは
元気そうで
ドバイに引っ越した友達の日本人夫婦には
明日絶対ドバイに行くから!といつも言っている気がする。

アラビアンナイトでぐんない!

What do I want..?

去年までの2年間は
平日OL&夜仕事、週末も仕事
という生活をして休みがなかったため
体調を崩しまくりでした。
自分の体力や能力の無さに悔しい思いでいっぱいだった。

今年は年明けそうそう海外でのんびりすごし、すべての病やストレスは流し出して帰ってきた。
時間もお金も心も少し余裕がでてきたのはいいんだけど
やっぱりこれは性に合わず、もっと何かしていたいと常に思ってしまう。
そうなってくると、分刻みでスケジュールを入れてまた体調を崩すのは火を見るよりも明らかなのはわかってるんだけど
どうも落ち着かない感じだ。

かといって、日本では厄や細木数子に取り憑かれているのか、
日本に帰って来てそんなによいこともない。
むしろ運気は中の下かな。
今年はもうあと半分、おとなしく、仕事して稼いで、音楽を楽しんで、勉強していればいいのだが。

なんだか去年までとのギャップが激しくて今の生活が受け入れられないんだと思う。
こののんびりで、たくさんの自分に費やす時間を望んでいたはずなんだけど。

今年本格的な趣味として挑戦することは2つ。1つはお料理。もう1つは後日。
趣味は良しとして、音楽一本でやるべきなのかな。
そしたら満足、納得するのかな。
どうしたらいいのかな。

お料理教室♪

今日は念願のイタリアお料理教室第一回目!行ってきました。
とあるイタリアンレストランのシェフが開催しているお料理教室で
月1回しかないのでこの日を待ち望んでおりました。

日本の料理って、絶対にどこかにシーフードが入っています。
和食はもちろん、日本向けの洋食や、一汁三菜なんて絶対にできあがりません。
一見使っていなさそうに見えても、絶対にダシとかで海のものを使っています。
魚料理、シーフード料理、とは別として、また万人に愛される料理を作りたくて
イタリアンにしました。

急いで先生のデモを見て、急いで作った感じ。
お料理途中に2種類のワインの試飲をして、格安で購入ができるという素晴らしいシステム。

また、レシピは簡単で腕もそこそこ、初めて急いで作ったものなのに、とても美味しく出来上がったのは、
まずはとてもよい材料を使っているんだなと思ったのと、イタリア料理の力だな〜と実感。

来月も楽しみにしています。
そして別教室でフランス料理にも挑戦です!

Emily

ジャズスタンダードの中でも
何回か聞いていたら飽きる曲ってあります笑
トランスクライブに苦労して、聞きたくない曲も含めて。

でも、何百回リピートしても
聞き飽きない美しい曲もあります。

と思うとアナライズを開始します。
むー。
バークリーのテキストを引っ張りだしてくる必要があるかな笑
あまりにも複雑だけど
シンプルで美しい曲です。

ジャズ理論を学ぶ教材にまさにぴったりの
曲だけど
やっぱり楽譜には書いていない
ものが演奏されるとき、
演奏者の感情と理性が混ざった時が
ぶつかりあった時が
ぐっときます。

Afterwards..

20代の頃は自分のやりたいことに迷い、
30代は自分のやりたいことに充実し、
40代はなんだっけ??(忘れちゃった、だれか教えください!)

という言葉を20代の頃からどこかで聞いていて
人生そうなるんだろうとそれなりのイメトレというか覚悟はしていた。
20代の時は確かにそうで、ミュージシャンになるとは思ってもいませんでした。
バークリーに入ってからも方向性ははっきり決まっていませんでした。

ところがある年、変な感覚に襲われた。
以前からいろんなことに興味深々で、毎年誕生日には「今年の目標!」なるものを
必ず決める私は、その日も意気揚々とやりたいことをリストアップした。
フランス語、テニス、バレエ再開・・
ざっと30個は挙がった。
当時アメリカにいたのでさすがに30個全部はできないだろうと思い、
順位をつけてトップ3だけをきちんとやろうと考えた。
トップ3が出来上がった瞬間、さて動き出そうと思った。
本屋さんに行けばいいし、体験レッスンに行けば良い、とは頭でわかっていたが、
どうも立ち上がれない。本位の3つじゃないかな?と考え直したが、それは正しいみたい。
でもおかしい。いつもの私と違う。
何かが変。
そこで、いろんな友達に電話して、これはなんだろうかと相談してみた。
みんな訳のわからない相談に熱心に耳を傾けてくれた。
その中で素晴らしいアドバイスをくれた人がいた。
「それは、慶子が音楽と決めたとういことでしょう。」と。
そうか、と思った。とても納得した。
それと同時に、私がジャズミュージシャンであるという認識を、
周りの友達から少し得ていたこともあり、
もう迷うことはない、と思って、ジャズミュージシャンにすると決めた。
他のジャンルは歌わないし、勉強を続ける、と自分に約束した。

それ以来、どんな少しの時間でも空き時間があれば音楽に費やした。
仕事を得て、増えるにつれて、他の趣味とかも一つくらい持ってた方がいいかな、とも思ったけど、
結局打ち込むことはできなかった。
ミュージシャンが音楽のことしか考えてないのは、こういうことなのかなと少しわかった。
(音楽での成長がプライオリティーということね。)
私は、音楽一筋でやってきたし、これからもやっていくつもりです。

ただ、少し余裕がでてきたので、40代も(笑)素敵な女性になれるように
趣味を一つ、頑張りたいなと考えてます。
打ち込めるかどうかは、ちょっとわからないけど・・笑

「だって、音楽の目標だって毎年毎年増えていくし、難しくなってるんだもーん、こっち優先!」
となるのが目に見えてるんだけど
10年前頑張って踏み出したように、今年ちょっと頑張ってみようと思います。
リストの2位のものをね!

These 10 years

あれからもう10年が経とうとしている。
本当に早いものだ。

バークリーを卒業した後は、学校の教科書等の荷物は全て、一旦日本に送った。
そのままOPTを取り、Oビザをとって合計6年くらいアメリカにいた。
卒業後から本帰国の間も荷物が増えたので船便で日本に送って帰国した。

日本の家のクローゼットには、教科書や思い出のもの、すべて収納してある。
今日はクローゼットをざっと見て、目に付いたものだけ手にとって中を開いてみたりした。

当時の日記やアレンジの授業のファイナルのために作曲した楽譜などが出てきた。
10年前の私は非常に若く幼稚だった。

不要なものは捨てようかなと思っていたけれど、
結局思い出は、しばらくそのままに残しておくことにした。